レッドウィングを愛するブログ

【鬼滅の刃】煉獄さんの漢気と炭治郎の決意に涙【ネタバレ有り】

Thought

先日に、「鬼滅の刃 無限列車編」を見てきました。

鬼滅の刃見てきたけど、めっちゃ良かった。
全体的に良かったけど、煉獄さんカッコ良すぎるし、炭治郎の壮絶すぎる人生の描写とか感情が動きまくって忙しい2時間だった。

先に言っておくと、鬼滅の刃に対する予備知識は、ほぼゼロの状態でした。

社会現象になってるし、子どもたちがYouTubeか何かで得た知識で「○○の呼吸、壱の型!」とかやってるから、DVDでも借りて見てみるかと思い立って、1話〜6話までを見た程度。

登場人物と、ストーリーの構成がなんとなく掴めるかなぐらいの予備知識です。

こんな状態で見に行ったにも関わらず、めちゃくちゃ激しく感情を揺さぶられ、思わず涙してしまったぐらい圧倒された2時間でした。

今回は、「鬼滅の刃 無限列車編」を見た感想を思いつくままに書き出してみようと思います。

※一部ネタバレを含んでいるので、もしまだ見てなくてネタバレが嫌な人は、ここで閉じてください。

鬼滅の刃 無限列車編の全体像

突然ネタバレしますが、煉獄さんは死にます。ちなみに、煉獄さんがわからない人向けに紹介しておくと、下記の人です。

テレビCMとか街のポスターとかで目にしたことがあるかもしれませんね。

ちょっと鬼滅の刃の知識がある人だと『あれ、鬼滅の刃の主人公は炭治郎と禰豆子じゃないの?』と思うかもです。

この知識自体は間違いないんですけど、「鬼滅の刃 無限列車編」は、2部構成になっていて、前半部分は炭治郎を中心にストーリーが構成されていて、主に炭治郎の成長を描いています。

で、後半部分の主役は煉獄さんに移るわけですが、ここが無限列車編で一番の見どころでもあるわけです。

鬼滅の刃 無限列車編の見どころ

鬼滅の刃 無限列車編は、大人でも涙なしには見られないというような感想をよく目にします。

そんな感想を、何となく「胡散臭いな」と思いつつ、斜に構えていたぼくですが、見事にやられました。ハンカチ必須です。

この映画の泣きポイントはたくさんあるんですけど、大まかにピックアップすると下記。

  • 炭治郎の夢の世界の話
  • 煉獄さんの夢の世界の話
  • 煉獄さんが見せる正義感、漢気
  • 炭治郎と仲間たちの決意の瞬間

こんな感じですかね。徐々に惹きつけておいて、終盤で怒涛のラストスパートをかけてくるわけです。

例えるなら、「那須川天心vs裕樹」で天心が繰り出したラッシュのような、強烈なメッセージのラッシュを浴びるわけでして、普通の人があのラッシュを浴びて、まともな精神でいられるはずがありません。

心をグサグサとえぐられ、映画が終わる頃には100mダッシュを一本走ったぐらいに息が上がるような感覚を覚えます。

今まで映画を見た中でも、これほど胸が熱くなった物語はなかったかもしれないですね。

炭治郎の夢の世界がつらすぎる

下弦の壱「魘夢(えんむ)」の血気術により、炭治郎一行は夢の世界へ。

ここでは、それぞれの登場人物が幸せな夢を見ているわけですが、詳細を書くと長くなるので割愛します。

炭治郎の夢の世界は、家族がまだ鬼になる前の世界で、炭治郎は鬼殺隊としての記憶を持ちつつ、家族と幸せそうに暮らしています。

とはいえ、これは夢の中の話。現実世界に炭治郎の家族は禰豆子しか存在しません。炭治郎が家を留守にしてる間に家族はみんな鬼に喰われ、禰豆子は辛うじて生き延びたものの、鬼になってしまいました。

夢の中の炭治郎が、「これは夢の世界で、現実ではない」と気づき、夢の世界の家族との決別から、覚醒して現実世界に戻る方法を模索するシーンが描かれているんですけど、ここがまず最初の泣きポイントです。

炭治郎は15歳ここ、何がヤバいって炭治郎のキャラ設定では、年齢はまだ15歳なんです。

中学生や高校生ぐらいで背負うものが大きすぎるんですよ。炭治郎は。

鬼に喰われ家族を失い、鬼に姿を変えながらも生き延びた禰豆子をどうにかして人間に戻す旅に出る。そして、夢の世界で一時的に幸せな時間を過ごしつつも、現実と向き合おうとする精神の強さ。

自分が15歳のときにこの感情の振り幅をコントロールできたかと聞かれれば、「NO」です。何なら、今だってできる自信がありません。

炭治郎の夢のシーンで感情を揺さぶられ、完全に炭治郎に感情移入していました。ここから先のストーリーは炭治郎目線でしか見れなかったです。

煉獄さんの漢気と炭治郎の決意に涙

話は2部に移り、今度は煉獄さんが物語の中心です。

無限列車と融合した魘夢(えんむ)を無事に討伐した炭治郎一行。

炭治郎が、魘夢との戦いの後にお腹を刺されてしまうのですが、そこにやってきた煉獄さんが「全集中の呼吸で止血するんだ」と、呼吸法を享受。

下弦の鬼との緊迫した雰囲気から解放されて、少し穏やかな日常のような描写が入ります。

鬼滅の刃を見ていてつくづく思うのですが、「緊張と弛緩」が絶妙に上手いんですよね。

緊張しっぱなしだと疲れちゃうけど、穏やかな日常の描写を挟むことで、見てる側としても精神状態を整えることができます。この時間がないと、この映画はホントに窒息死する人が出てくるかもというぐらい息苦しくなります。

上弦の参「猗窩座(あかざ)」登場

ほのぼのしてたと思ったら、空気が一変します。ここで、かなり強い鬼「猗窩座(あかざ)」の登場です。

アニメも原作もほぼ見てないぼくには、上弦の〜とか言われてもさっぱりわかりませんが、とにかく強そうなやつということは雰囲気でビシバシ伝わってきます。

ここで煉獄さんvs猗窩座(あかざ)の戦いが始まるわけですが、ドラゴンボールで言うところの「悟空vsセル」のような感じですかね。まさに最強格vs最強格の戦い。

ハッキリ言って、煉獄さんはこの戦いでかなり押されます。というか死にます。ネタバレすみません。

この死ぬまでの描写がなんと見事なことか!

ここで見せる煉獄さんの正義感と漢気がもうとにかくカッコいいんです。たぶんこのカッコよさは映画を見てもらわないと伝わらないので、あれこれ文章にするのは控えますが、ここからが怒涛のラストスパートの始まり。

煉獄さんの方がずっと凄いんだ!

煉獄さんは猗窩座(あかざ)の攻撃でお腹に致命傷を負いつつも、猗窩座(あかざ)の首に決定的な攻撃を入れます。あと少しで鬼の弱点でもある首を切り落とせそうなところで、太陽の光に当たると死んでしまう鬼は逃げ出しました。

それを追いかける炭治郎。「煉獄さんの方がずっと凄いんだ!強いんだ!煉獄さんは負けてない!」などと猗窩座(あかざ)を罵倒するも、太陽の光が怖くて逃げ続ける猗窩座(あかざ)。

ここからの炭治郎と煉獄さんのやりとりは、涙なしには見られません。映画館では、嗚咽を漏らして泣いてる子がいたぐらい感情がズタボロになるシーンです。

ぼくも昂ってた感情が、ここで一気に解放しました。いやー泣いた泣いた。

決意を餞(はなむけ)に

最終的に煉獄さんは息絶えてしまうんですけど、悲しみに打ちひしがれる炭治郎たちが、前を見て進むしかないと決意し、再び動き出します。

煉獄さんの死に際に見せた漢気と、柱としての責任感を受け継ぐかのように、また一歩成長した炭治郎たち。

さすがの伊之助も、猪の被り物の下から大粒の涙が溢れていました。

他人とは言え、壮絶な戦いを共にし、憧れの存在である煉獄さんを目の前で失うのは、15歳の少年にとってあまりにも過酷な出来事のはず。それでも前を向く強さには脱帽です。

列車の乗客含め、鬼殺隊の部下である炭治郎たちのことも、誰一人として死なせず、柱としての責務を全うした煉獄さんは、最高にカッコよかったです。

まとめ

何も考えずに思いつくことをダラダラと書きなぐっていたら、3,000文字を超えてしまいました。読みにくくてスミマセン。

とはいえ、ぼくが映画を見て実際に感じたことをそのままの気持ちで素直にぶつけた文章なので、あえてこのまま公開します。

ほぼ予備知識ゼロの状態で見に行った「無限列車編」ですが、もうめちゃくちゃよかった。あと3回ぐらいは見たいですね。

炭治郎のように、澄んだ心で、強く生きていきたいと感じさせられる33歳の秋でした。

終わりです。