娘、卒園。

娘、卒園。

2022年3月17日

3月吉日、娘が幼稚園を卒園した。

つい最近に入園したばかりのような気がするし、ぼくや家族にとって娘はいつまでも小さい子どものままの感覚でいるので、そんな娘が幼稚園を卒園したということにまだ実感が沸いてこない。

ぼくは別れの場面というのが気恥ずかしくて苦手だ。

自分がかつて学校を卒業したとき、祖父母が亡くなったときを思い返してみると、どこか冷めた目で周りを見てしまっていたことを思い出す。

「この人、なんで泣いてるんだろう」

そんな白けた目で見てしまうところがあり、別れの空気感に感情移入できずにいた。だから自分自身の別れのシーンで泣いたことがない。

こんな感じだったので、まさか自分が娘の卒園式で泣くことになるとは思わなかった。

2年前に息子が幼稚園を卒園したときは、卒園式で見た息子の成長した姿に胸が熱くなり涙ぐんだことはあったけど、そのときは寂しさのようなものは特に感じなかった。

今回の娘の卒園式は、息子含め4年半ほどお世話になった幼稚園との完全なお別れでもある。

自分が直接関わったわけでもないし、この2年ほどはコロナの影響もあって、ほとんど幼稚園に足を運ぶことはなかった。

保育参観もなし、運動会は保護者1名のみ、時短での開催で妻が参観。その他、息子のときにはあった様々な幼稚園行事がことごとくなくなった。

ぼくと幼稚園との関わりは、娘から聞く間接的な話と、たまに平日に有給をとったときにバスの送迎ぐらいしかなかった。言ってしまえばぼくと幼稚園との関わりはほぼゼロに等しい。

大した関係性でもないはずなんだけど、娘が幼稚園を卒園することで、幼稚園との関係も完全に終わってしまうんだということにとてつもない寂しさを感じたことが不思議だ。

娘は幼稚園が大好きで、休むことを極度に嫌がった。

友だちや先生とお話したり遊んだりすることが大好きなんだということは、普段から娘の幼稚園での話を聞いてるとよく伝わってくる。

今日は○○ちゃんといっぱい遊べた!
○○ちゃんにこんなこと言われて悲しかった
これ、先生に教えてもらった
○○くんが好き

ぼくの知らないところで、娘はいろんな経験をして、いろんな感情を育ててきた。これは幼稚園で家族以外の他人と過ごすことで得られる最大のメリットだ。

無条件に受け入れ、無償の愛情を注いでくれる家族とはちがい、完全な他人との間でしっかり人間関係を築く能力を、娘は幼稚園の3年間で身につけてくれた。

卒園式で見た娘の姿は、ホントに大きくなったなと思う。身長がとかの話ではなく、人間的な成長としての話。

たくさんの人の前で胸を張ってキビキビと歩き、名前を呼ばれたときにハッキリ返事をする娘の姿、幼稚園での思い出を大きな声で発表する姿は、すごくカッコよかったし誇らしかった。

式を終えて家に帰ってきた娘はどこかツンケンしていたけど、たぶん少しナーバスになっていたのかな。

これから始まる学校生活のこと、幼稚園とのお別れという現実を、あの小さな身体で必死に受け止めようとしているんだと思うと胸が痛くなる。当の本人は意外とケロっとしているのかもだけど。

卒園式は半日で終わることだし、半休とって午後から仕事に行こうと思っていたぼくは、気持ちの切り替えが上手くいかず結局1日休みにした。

あれほど別れのシーンが苦手で、冷めた感情しかなかった自分がこんな風になるとは思わなかったけど、これも子どもたちを通して得たぼく自身の成長なのかもしれない。

次は4年後の息子の卒業式。その頃のぼくは、息子の卒業式を通して別れに対してどんな感情を抱くようになっているのか。楽しみでもあり、怖くもある。人目を憚らずボロボロになって泣いているのかもしれない。

なにはともあれ子どもたちの成長は喜ばしいことだ。

卒園、おめでとう。