2022年7月8日、歴史が塗り替えられる瞬間を経験した衝撃的な1日だった。

2022年7月8日、歴史が塗り替えられる瞬間を経験した衝撃的な1日だった。

たまたま、ホントにたまたま半休をとって家に向かう車内で妻と電話していたときのこと。

「えっ!安倍さんが撃たれたって」

電話口の向こうで妻はそう言った。

突然のことすぎてちょっと何言ってるかわからないっす。

その後は、妻が見ているテレビのニュースの音声が電話を伝って聞こえてくるので、徐々に全貌が見えてきた。

奈良県で応援演説中に、安倍晋三元総理が銃撃を受けたとのこと。

事件の内容については散々報道されてるので、今さらぼくの個人ブログで取り上げるほどのことではない。

ただ、一国民として、日本の歴史が塗り替えられた日に感じたことを記録しておきたいと思い、この記事を書くことにした。

それと、マスコミの報道の姿勢に対しても色々と感じることがあったので、そういった不満なんかも吐露しておきたい。

電話越しに銃撃事件の全貌を知る

この日は、妻が出席する予定だった子どもたちの個人面談に、体調不良の妻に代わって出席するために半休をとっていた。

その帰宅途中に、銃撃事件を知ったわけなんだけど、最初にその話を聞いたときはあまりにも現実離れしすぎた話で、何を言ってるんだ?という感じだった。

演説中に銃撃されるなんて、完全に平和ボケしているぼくにとっては映画やドラマの中の話でしかない。

銃社会であるアメリカならまだしも、ここは平和な日本だ。ましてや、かつては総理大臣を務めたほどの超VIP なんだから、護衛がついていないわけがない。と、思い込んでいた。

まさか超VIP がそんな簡単に銃撃を受けるなんてことが日本で起こりえるなんて、誰も思わなかったのではあいか。

テレビではショッキングな映像が繰り返される

帰宅後、すでにリビングのテレビを見ていた妻と一緒に、ぼくも昼ごはんを食べながら安倍さん銃撃事件の報道を一緒に見た。

銃撃される瞬間の映像や、倒れている安倍さんの胸元が血で滲んでいる生々しい映像など、とても現実に起きたこととは思えないようなショッキングな映像が、何度も何度もテレビで流れていた。

現場の状況を的確に説明する中学生?高校生?ぐらいの女の子を、顔も隠さず報道していた。

事件が事件だけにパニックになりすぎて、すべての人がまともな判断をできなくなっていたんだと思う。

銃撃の瞬間なんて、乱暴な言い方をすれば「殺人ショー」を繰り返しテレビで流しているようなもので、誰もが陰鬱な気分になるであろうことは報道関係者ならわかりきってることではないのか。

まだ精神的にも未熟な学生を捕まえて、目撃情報を聞き出すことに何の意味があるんだろうか。とんでもない事件を目の当たりにして、しかもインタビューを受けるなんて、普通に日常を過ごしていたらまず起きることのない事象だ。

時間帯を考えても、学生よりも圧倒的に大人の方が数は多かったはずだし、大人にインタビューするのではダメだったのか。

いち早く情報をとって他社を出し抜きたいという歪んだジャーナリズムが、こういった判断を狂わせていくのだと思う。

インタビューも然り、銃撃される映像を何度も何度もテレビで流すことに、何の意味があるんだろう。

もしかしたらテレビを見逃してしまったかもという人への配慮なのかもしれないけど、今はネット社会で、自分が見たい映像の大半は検索すれば出てくる。見逃した人への配慮よりも、テレビを垂れ流しにしている人の心に配慮してほしいものだと思った。

病院の会見では、記者の残念さが露呈された

治療にあたった救命医が、夕方から病院で記者会見を行っていた。

会見はやや聞き取りづらさがあったが、即席の会見なので仕方がない部分でもある。

そんなことよりも気になったのが、記者の低レベルな質問内容だ。

病院に搬送されてきたときの安倍さんの様子や、どの部位に傷があったのか、また、どの傷が致命傷となったのかについての質問は事務的ではあるけど、事実を報道するために必要な質問ではあると思うし、そういった質問に答える会見の場だったと思う。

ただ、特にひどいなと感じたのが「ご家族の様子はどうでしたか?」という質問だ。これには他人であるぼくも怒りを感じた。

演説中に銃撃を受けて病院に搬送されましたなんて連絡を受けてまともな精神状態でいられる家族がいると思うか?

この質問をした記者の想像力や人の気持を考える力のなさがホントに腹立たしかったし、低レベルすぎて見るに耐えなかった。4時間半にも及ぶ治療にあたった人に対して聞くような話ではないだろ。

救急医療の偉大さと誠実さを知る

そんな質問に対して担当医は「病状と経過をお伝えしたのみ」と淡々と返していて、自分の使命をしっかり理解して、確実に果たそうとしてる人なんだなという印象を受けた。

現場で心肺停止状態と報道されていて、正直なところを言えば、それだけ長い時間心肺停止の状態が続いてるようでは、助かる見込みはないのでは?とぼくは思っていた。

それでも、目の前の命を救いたいという医者の必死な思いから大量の輸血を行い、あらゆる手を尽くして治療にあたる姿を想像すると胸が熱くなる。

患者の家族に現状と今後の展開を説明できるまでは延命治療を続けるという救命医の使命感は偉大だ。

死亡宣告というのは、家族に伝えるものであって、マスコミに伝えるものではない。なぜなら、死亡宣告がなされた時点から相続の法的効力が発生するからということを今回の事案で知った。

だから昭恵夫人の到着後、早い段階で安倍さんが亡くなったと報じられたことも納得いった。

安倍さんの治療にあたった医療関係者だけでなく、全国にいるすべての医療関係者をぼくはリスペクトする。

まとめ

こんな感じで、2022年7月8日、日本国民にとっては衝撃的な1日にぼくが感じたことを記録してみた。

この銃撃事件を起こした犯人が、事件を起こすまでの背景や思想はよくわからないし、たぶんそれほど深く報道されることもないのかなと思っている。

例え報道されたとしても、恐らく理解に苦しむ内容であることは間違いない。

今回の事件はそれぐらい常軌を逸した事件だから。

これから先、生きてる間に体験することはないと思えるほど衝撃的な1日だ。

超VIPである元総理だからこそ、銃撃を受けてから死亡宣告されるまでの流れをマスコミもリアルタイムで追っていたわけで、まさに歴史が塗り替えられる瞬間をリアルに経験した。

ぼくは、特に安倍晋三元総理を応援していたとか信者とかってわけではないけど、戦後最長の政権運営をしてきた日本を象徴するリーダー的な存在で、テレビを始め、様々なメディアで顔を見かけることの多い人だったこともあり、どこか喪失感のようなものを感じている。

ホントに勝手な感じ方だけど、遠い親戚のオジサンが亡くなったような感じかな。

2022年も半分が終わろうとしているけど、世界的に見ても呪われた年なのではないかと思うほど、悲しいニュースを目にすることが多い。

ぼくは外的要因で精神が不安定になりがちなので、重苦しい世間の空気感に飲まれないように、情報の取捨選択は上手にできるようにありたいと思っている。

ぼくと同じように、悲しいニュースに振り回されがちな人は、インターネットやテレビから離れて外に出てみるとか、読書や映画鑑賞などに没頭してみることをおすすめしたい。

こんなことを参院選の投票日の朝に書いている。

この結果を受けて同情票が自民党に流れるとか言ってる人もいるみたいだけど、こんなときだからこそ、自分の頭でしっかり考えて、貴重な一票を投じたい。

安倍晋三元総理のご冥福をお祈りします。